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路地とわたしの好奇心

その他

 

 なぜ人は路地を見かけると入りたくなるのだろう。

 

 その辺をてくてく歩いていて、ふと路地が目に入る。何かしらの雰囲気を持った路地だ。用もないのに目にとまったのだから。

 

 雰囲気はいろいろだ。おしゃれとか素朴、レトロ、昭和、一見何の特徴もなく見えることもある。しかし目にとまる路地ととまらない路地があるので、やっぱり何かしらの雰囲気を持っているのだ。

 

 といった話をブログに書こうとして、「路地に入りたがる人は心に問題のある人です」なんて一般常識があったらどうしようと不安になり、調べてみて、路地に関する研究論文を発見した。こちらだ。

 

 ネットで拾った情報なので真偽は不明だが、下記の2点は「確かに!」と膝を打って共感した。人が路地に入りたがる時の心理である。

 

  • (路地の中に何があるのだろうと)想像を巡らしたくなる
  • (路地の中が)自分だけの特別な環境という感覚

 

 

  雰囲気のある路地には特別な感じがする。その先に何かおもしろいものがあるんじゃないかと想像を巡らせたくなる。そう、路地に「つい」入ってみる時は、何かわくわく期待しているのだ。

 

 そうか、そのためか。

 

 思わず入りたくなる路地を見つけた時に、若い頃は実際に入っていったのに対し、最近になるほどチラッと見るだけで、無視してスタスタ通り過ぎるようになったのは。

 

 好奇心が10代の頃の10%くらいまですり減った三十路の現在、目にとまる路地を見つけても、せいぜい、写真を撮って、入ってもいないのに「いい路地があった」とシェアするくらいである。

 

「どんな本が好き?」私がたどり着いた返答

 

  「ミステリーが好き」と口にするのはリスキーだ。

 

 本の好みにはその人の精神が現れる。それが世間の常識だ。「ほっこり系が好き」なら心穏やかな人、「ノンフィクションが好き」ならリアリスト。では「ミステリーが好き」なら?そう、病んでると思われてしまう可能性がある。

 

 そんなのはふた昔前の話でしょうと思うかもしれないが、そんなことはない。

 

 もしあなたが快活な人か爽やかな人なら、確かに「ミステリーが好き」と言っても何のリスクもないだろう。聞いた人はきっと(伊坂幸太郎とか東野圭吾とかかな)と、ポピュラーで洒落たベストセラー作家を勝手に思い浮かべてくれる。

 

 しかし、もしあなたが快活でも爽やかでもない人、少しでも内向的に見える人なら?そう、聞いた人が(池から両足が生えているような…)と想像する可能性があるのだ。

 

 

  私にとってミステリーは好きなジャンルの1つだ。10代の時はハマって、新旧問わずいろいろ読んだ。ハタチをすぎると少し離れたが、今でも年に2・3冊は手にとる。

 

 それでも「どんな本が好き?」と聞かれてミステリーと答えることは、決してない。

 

 アガサ・クリスティーとか宮部みゆきとか、安全そうな作家名を具体的に上げる…という手も使わない。「ミステリーが好き」はとにかく危ない橋なのだ。どんな渡り方にしろ、渡ろうと試みること自体が間違っている。

 

 若い頃はそれがわからず、何度も失敗した。現在ではその経験を踏まえ、「どんな本が好き?」への返答を用意している。

 

 「女性のエッセイ。好きな作家は群ようこ

 

 

 

ドーナツとカロリー神話

飲食

 

 子どもの頃から親しんでいるチェーン店の1つに、ミスタードーナツがある。

 

 小学生まで住んでいた町の駅前にも、引越し先のどの町にもミスドはあった。ヘビーユーザーではないけれど、ミスドにはずっと通っている。

 

 注文するドーナツは定番ができている。エンゼルフレンチ・ココナッツチョコレート・チョコファッションだ。

 

 

 ミスドはよく新商品を出すので、中には「おっ」と思うものもあり、試しもする。けれど、一度限りが多い。

 

 ポンデダブルショコラは発売当時かなりハマり、しばらく定番そっちのけで食べていたが、気がついたら定番に戻っていた。

 

 注文はドーナツ2つにコーヒーの組み合わせがほとんどで、定番の3種類から2つを選ぶ。

 選び方はローテーション、「この間はこれを食べたから…」という具合だった。そう、以前は。

 

 

 20代前半頃だったか、何かのきっかけでミスドのドーナツのカロリーを調べてしまったために、3種類平等なローテーションは崩れた。

 チョコファッションだけが飛び抜けて高カロリーと知り愕然としたのだ。

 

 それまでもカロリーは気にしていたけれど、ドーナツなんてどれも同じ、カロリーの塊であると覚悟して食べていた。

 

 しかしどれも同じではなかった。他2つが200代と許容範囲内のカロリーなのに対し、チョコファッションだけは350を超えている。一番低カロリーなミスドドーナツの2つ分だ。

 

 

 以来チョコファッションは食べなくなった…という話ではなく。

 

 確かに避けるようになり、食べる回数は減った。しかしそれは、チョコファッションが特別な存在になったからだ。他の2つに比べ別格になってしまった。

 

 これはカロリー神話のせいである。

 

 カロリーの高いものは食べてはいけない、食べてはいけないけれどおいしい、という神話が、私の中にはガッツリ根付いている。

 ミスドトップクラスの高カロリーという称号がチョコファッションの価値、ひいてはおいしさを倍増させてしまったのだ。

 

 現在ミスドで注文するのはエンゼルフレンチ・ココナッツチョコレートだ。

 チョコファッションは私の中で『ご褒美』の位置を確立しており、何か理由がないと注文できないドーナツになっている。

 

 

コンビニで買えるものはやめられない

漫画

 

 西原理恵子さんの漫画は、ジャンルは多彩だが、ほとんどの作品でエッセイの形式をとる。西原さん自身が主人公となり、彼女の日常・過去・突撃体験をギャグに変え、物語を作り出す。

 

 もちろん100%ノンフィクションではない。含有率は不明だが、フィクションが混入されていることは西原さん自身が公言している。

 つまらなかった体験をおもしろいギャグにするための誇張もあるだろうし、悲しすぎる体験や苦しすぎる体験を笑いにするためもあるだろう。

 

 元夫のアルコール依存症関連の作品は後者の一例だ。

  

 

 元夫がアルコール依存症になったのは結婚前。だから「じゃあなぜ結婚したのか」と、夫のDVに苦しめられるようになってから西原さんは人に言われることがあったらしい。

 

 それに対し西原さんは、度はずれな飲酒は以前からだが、DVが始まったのは結婚後、自分が妊娠・出産を経て身動きがとれなくなってからだからと答えている。

 

 また、元夫は自身より強い相手には決して攻撃的にならず、外で飲酒する時にはそつなく振る舞えたという。そして自宅で西原さんと2人きりになると豹変する。

 

 アルコール依存症は精神疾病であり病気だが、病気なのに場が読めるところが恐ろしいと西原さんは元夫との生活を振り返っている。

 

 

 自身の体をボロボロにするだけなら愚行権の行使だとしても、家族も巻き込んでボロボロにするならそうはいえない。

 

 しかし酒ほど文化に長く深く関わっているものを規制するのは難しそうだ。

 ロシアではソ連時代に節酒令(事実上禁酒令)が施行され反アルコール・キャンペーンが大々的に展開されたが、返って酒の消費量を増やす結果になってしまったという。

 

 規制が難しいなら個人個人で程度を守るしかないのだが、それも難しいから依存症になる人が後を絶たない。

 

 「でもそこは踏ん張らないと」と、そこまで酒を飲まない私は言いたくなるけれど、「じゃあアンタは仕事帰りにコンビニでアイスを買うのをやめられるか」と言われたら黙ってしまう。

 

 文化に根付いているものを法律で取り除くことが難しいように、コンビニに置いているものを意志の力で手にとらないことは難しいのだ。

 

 

「楽しさ」なら三省堂、「本」ならジュンク堂

 

 池袋の書店といえば、三省堂ジュンク堂が2強だろう。

 

 どちらも東口南池袋にある大型書店で、わざとじゃないだろうけど、ガン飛ばしあうような向かい合う立地で佇んでいる。

 

 私はこの2書店をライバル同士だと認識している。だから「この間はジュンク堂で買ったから今度は三省堂」と、誰にも頼まれたないのに平等な利用を心がけている。

 

 利用者として、この2書店の蔵書の質に優劣はないと思う。ジュンク堂にある本は三省堂にもあるし、三省堂にない本はまずジュンク堂にもない。

 

 しかし、ぶらぶらする楽しさ…というと、三省堂に軍配をあげてしまう。

 

 三省堂は1階と地下1階にカフェと雑貨売り場があるのだ。可愛い文房具や食器など、見ても楽しい品々が並ぶ。

 本をひやかすつもりが、雑貨しか見なかったこともあるほどだ。

 

 

 この辺のいわば愛想の良さは、ジュンク堂にはない。文房具は置いているけど地味なものが多い。申し訳のようにカフェの看板が2階か3階あたりに出ているけど、どこにカフェがあるのか、いまだに私は知らない。

 

 じゃあぶらぶらひやかしに行く時はいつも三省堂かというと、そんなことはない。むしろ、ぶらぶらする目的が「本を見たい」だけの時は、まずジュンク堂だ。

 

 愛想のいい三省堂と比べて、「うちは本屋ですから」という潔さを、私はジュンク堂に勝手に感じている。

 

 書店が次々閉鎖していく昨今、本棚の間をぶらぶらする楽しみがいずれ味わえなくなるんだろうか…と寂しく感じているのは私1人じゃないと思う。 

 

 それでもジュンク堂には最後まで「本が目的じゃないなら、来てくれなくてかまいません」という姿勢でいてほしい。