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映画『トトとふたりの姉』は遠い外国の話じゃないし、小難しい話でもなかった

 

緊迫感あるサウンドが鋭く響いた一瞬、画面の彩度がグッと上がった気がしました。

10歳のトトがヒップホップと出会うシーンです。

 

その時初めて、ここまで効果音や音楽は一切なかったかもと気づきました。

 

(予告編の1:05あたりから流れる音楽)

 

締め切った室内のような薄ぼんやりした世界の中に、突然現れた色鮮やかなもの。

それがトトがダンスから受けた印象だったろうし、同じインパクトを観客も体験します。

 

特別ハデなわけじゃないこのワンシーンがこんなにも鮮烈に映ることからわかる通り、ルーマニア映画トトとふたりの姉』はほぼ全編とても静か。

ルーマニアのスラムで暮らす10代の3人姉弟の日常を、淡々としたタッチで描いたドキュメンタリーです。

 

そう聞くと“遠い外国の社会問題の現状を伝える映画”と思われるかもしれません。

確かにそうですが、本作は国境や時代をこえる普遍的なテーマを扱った映画でもありました。

 

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映画『トトとふたりの姉』公式サイトトップページ

 

前回のブログ記事がひどかったので今回は真面目に書こうと思ったけれど、かえって自分の無教養と浅薄さが丸出しになりそうなのでやっぱりやめる。

 

話は映画『トトとふたりの姉』である。とてもいい映画だったので、もう何も考えずに東中野へ行って観てきてほしい。

 

などというエラソーな事を1gの実績もないアマチュアライターがほざいたりしたら、かえってお客さんを減らすことになりかねない。4人/月 くらいしか読まれない私のブログだけれど、その4人の中に「これからトト観に行こうと思ってたのに」という人がいるかもしれない。

 

そもそもいい映画なので自然と口コミで広まりそうだ。いや、もう広まってるのだろうか。私がトトのためにできることは、このクズなレビュー記事を今すぐ非公開にすることだけなのか。

 

しかし私みたいなパープーだからこそいえることが1つあると思う。
それはすでに述べた通り、本作は遠い外国の話ではなく、難しい映画でもないということだ。

 

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主人公は10歳の末っ子・トト、14歳の次女・アンドレア、17歳の長女・アナの3人姉弟。

父親はなく、母親は刑務所。保護者代わりの叔父さんは悪い人じゃなさそう?なのだがヤク中で、姉弟のアパートをヤク中仲間のたまり場にし、アナが薬物に手を出すきっかけを作り、最終的に警察がハンマーでアパートのドアをたたき破って突入、逮捕・退場。

 

肉親の大人たちがこの有様なので、トト姉弟の生活はハードだ。しかし幸いというか、赤の他人の大人たち、つまり学校とか施設の人とかは結構ちゃんとしてた。

 

トトがダンスと出会えたのも授業?でだし、叔父さんとアナの逮捕で頼る人のいなくなってしまったトトとアンドレアは孤児院が保護するし、釈放されたアナがちゃんと働きたいといえば先生?が資格コースを探してあげたりする。

 

本編を観る前あらすじを聞いた時は、映画『誰も知らない』(日本・2004年)のルーマニア版を想像しており、またルーマニアでは政治家が税金をバンバン懐にしまい賄賂がビュンビュン飛び交ってるとの噂を聞いていたので、姉弟の周囲にこういうまともな大人がいるのは意外だったし、ホッとした。

 

しかし、サポートを受けたトトとアンドレアが作中でどんどん成長してこれから自分の人生を切り開いていきそうな頼もしさを見せる一方での、作中のアナの変化を見ると、「なぜ行政がもっと早く…」という気持ちになる。冒頭では妹弟の親代りをつとめようと必死で頑張る超いいお姉ちゃんだっただけになおさらだ。

 

行政とか大人が、厳しい境遇に生まれた子どもの未来を守ろうとするなら、本当に早い時期じゃないと間に合わないのかもしれない。

 

最初はトトみたいに無邪気でも、やがてアンドレアみたいに「こんな生活いやだ」と反抗したり、抜け出したいとあがく。

そして「なんとかしようと頑張ったけど、何も変わらなかった」という経験を何度もしてしまうと、やるせなさみたいな気持ちに取り憑かれて、アナみたいにもう動けなくなり、抜け出すチャンスが与えられても掴みとる気力もなくなってしまう。

 

そこまでいってしまうと、もはや「未来はあなた次第よ」なんて言われても「シャラップ!机上の空論」みたいに拒否してしまうだろう。

そして姉弟の母親のようになっていく。

 

実はラスト、母親がアンドレアにある告白をする。告白といっても母親本人はそう大したことではないと思って話すのだが、この一言によって本作のテーマの1つに「貧困の連鎖」があったと明らかになる。

 

昨今では東洋経済とか小難しいメディアが、もう少し以前なら西原理恵子さんが漫画『ぼくんち』やエッセイで散々取り上げている普遍的なテーマで、もちろんルーマニアに限らない問題だ。

 

ここでようやく最初に書いた結論に戻って(「最初に結論を話すと頭が良さそうに聞こえるはず」と信じているので私はいつもやたら結論を早出しし、書き進めるうちに着地できなくなって戻って結論を変更することもしばしばだが、今回はちゃんと着地できたので変えてないぞ)、

 

本作は遠い外国の現実を切り取った映画だがその問題は決して他人事ではないし、そして小難しい映画でもない。

 

社会派のドキュメンタリー映画と聞くと、予備知識がないと理解しづらいイメージがある人もいるかもわからないけれど、本作はなくて大丈夫である。

ドキュメンタリーだけどナレーションなど説明が入るタイプではなく、劇映画っぽい雰囲気(3人は実在の姉弟でフィクションではないし、ストーリーが嘘っぽいという意味でもない)もあるので、話として理解しやすいのだ。

 

1つの家庭にスポットを当てることで国全体の問題を浮き彫りにしようという意図があるのかもしれないし、東欧とか国際情勢に詳しい人からしたら「いや、見所そこじゃないし(失笑)」かもしれない。

 

しかし「国際問題とか小難しいことはわからん」「ルーマニアどこにあるかしらん」というパープー(私である)でも本作から感じるところや考えるところがあったので、誰が観ても何か得るものがある映画だと思う。

 

「予告編とかニュースとかで観て面白そうと思ったけど、ルーマニアどこにあるかしらんしなあ」というパープーがいたら、ぜひごちゃごちゃ考えず中央線に飛び乗り東中野を目指してほしい。

 

www.totosisters.com

 

☆ポレポレ東中野☆